天上の海・掌中の星

    “翠の苑の迷宮の” R 〜闇夜に嗤わらう 漆黒の。U
 



          
19


 春に比べりゃあ随分と長くなった初夏の昼下がりが、それでもそろそろ“放課後”辺りの時間帯へとなだれ込まんとしていた頃合いの。半人工的な装いで埋められ、楽しいイベントに沸いていた、とある孤島の一角で。打ち寄せる波の音やかもめの声さえ遮って、構成素養を異にする次界“亜空”をはみ出させての、聖楔障壁にて囲った結界の中、静かなる対峙に身を置く面々があり。

 《 ………。》

 その思惑が今しも成就しかかっていたという淡い喜悦を、せっかく仕立てた段取りごと粉々に打ち砕いた存在の出現へ。いかにも口惜しいというお顔になったまま、その身を宙に浮かせている幼い坊やへ真っ向から相対すのは、

 「大した能力を持っているそうじゃないの、坊や。」

 今でこそすっかりと…怜悧に冴えたミステリアな美貌と、女性美を程よく熟成させた大人びた肢体という、お馴染みの端麗な風貌に戻っているものの。ついさっきまではそりゃあ高らかなアニメ声、年齢不詳の“ぷにっ子キャラ”に片足突っ込んだ姿へと身をやつしていたところの、仙聖クラスの風精、ロビンというお姉様。そんな彼女が機転を利かせて飛び込んで来たことで、危うく同士討ちになるところを救われた格好の破邪と聖封、ゾロとサンジが。事態把握と同時に、護衛対象であるルフィの無事を確認し合うための、出来得る限りの時間稼ぎをして下さってでもいるものか。ただならぬ意志を張り詰めさせた眼差しで、彼らへの魔手を延ばして来た相手をしっかと見据えたままでいる彼女であり。そして…何も直接触れての叩いたり蹴ったりだけが攻撃の手段じゃあない身だろう、怪しい能力の使い手である筈の坊やが、

 《 …何の話だよ。》

 それだけの能力者だからこその感覚で、突然の闖入を果たした彼女を油断出来ぬ相手だと感じ取ったらしく。間合いを取ったまま一向に近づけず、ただただ手をこまねいている模様。どこからどう飛び込もうと周到な手が伸びて来て遮られそうだし、どう揺さぶろうと一顧だにせず、易々とあしらわれそうな気がしてやまず。こうなったら相手が動くのへ合わせようとでも踏んだものだろか、宙空にその身を浮かせたままで、ロビンの言いようを聞く構えを見せており、

 「陰界陽界を分ける聖楔結界、“合
(ごう)”を素通り出来るだけじゃあない。
  相手の素養を…陰体を陽の素養へ固化出来もするそうじゃないの。」

 相手の意志を無視してのとんでもない力技。例えて言うなら、その身を石化されるようなものであり、
「自由を奪うのは二の次。固化することで相手の生気を凝縮させた上で、そのエナジーを余すことなく奪っては去る。天界、精霊界のみならず、近頃じゃあ陽界にまで姿を見せるようになったものだから、聖宮でも看過してはおれなくなった物騒な存在。」

 《 …。》

 ご指摘の通りなのか、随分と口と表情とが重くなった少年であり。そして、そうまで詳細に通じているロビンなのは、先程、彼が口にした過去の経緯からの縁があって、それでその跳梁を追っていたからなのか。

  ―― 前代の天風宮をあずかっていた、
      勇猛な将軍にして風の精霊長だったサウロという風精。

 天聖世界を四分割し、季節という時間の流れに添わせ、風の巡りを受け渡しし合う四つの聖宮を設けたはいつからのことか。勢力分散などではなく、それぞれが四方を護りつつ天を支える存在となり、助け合わねば成り立たぬと。均衡こそが大切な、そんな世界なのだという最も顕著な、言わば象徴でもあった四聖宮。中でも、豊饒の秋と凍てつく冬との境を担う天風宮は、時の流れがほころびやすいとされる頃合いを睨み据えねばならなくて。初代の風の仙聖が、玄鳳の胎動による乱にて倒れたその後を引き継いだのは、器量も広くて人望厚く、されど敵対した者へは容赦のない怒りの鉄槌食らわす、鬼神のような猛将としても名を馳せていた風の精霊長であり。その補佐として軍師の任にいたのがロビンだったことまでも、この少年は口にした。しかも、そのサウロという将軍は、彼らには浅からぬ因縁ありな青キジという存在を追っていて、激突の末、倒されてしまったということまで知っており。

 “何でこのガキはそこまで知ってやがんだ。”

 サンジが忌々しげに眉を寄せたのは、その青キジという輩、元はといえば彼の実家が束ねる血統が代々統括して来た“氷族系”の人物だから。反乱分子であることや、その身を晦ます直前の騒乱と激闘は、自分らも駆り出されての対峙したそれだけに、ゾロも知ってはいたものの。そんな存在の起こしたそもそもの罪に関しては、いわば反逆にまつわる事態。直系の、しかも次代総帥であるサンジには知らされていたものの、表向きには詳細までつまびらかにされてはないはずなのだ。事実隠蔽というよりも、将軍の凄惨な死を広めたくはないからと、心ある他の将軍たちの胸の底にだけ臥せられていたはずのそれらを、どうしてあんな…まだ見かけとさほど変わらぬ蓄積しかなかろう子供が知っているのか。

 “つくづくと読めない坊主だぜ。”

 見かけと実齢が等しいとは限らぬのが陰世界だとはいえ、今は真の姿を装うだけの余裕があるとも思えない。ますますと掴めぬ和子らしいということを思い知らされていたその上へ、


  「先だっては、あの玄鳳のエナジーまで回収したんですってね。」

   ―― え?


 獲物を前にした猛禽よろしく、鋭い気勢もそのままに。畳みかけるように続けられたロビンのそんな言いようへは、サンジがギョッとしたのみならず、ゾロもまた その目許をぐっと力ませ表情を硬くした。そんな彼の懐ろに引き寄せられていたルフィでさえ、

 「玄鳳って……だって、あいつは…。」

 忘れてなんかいるものかと、起きぬけのどこかぼんやりしていた眼差しをハッと澄ませてしまったほど。彼らの出会いやそこから培われた絆の強さを飛び越えて、彼らが世にある大元の大昔、陰陽双方の世界の始まり、言わば“起源”の頃にまで溯った とある縁
(えにし)があって。一条の稲妻だった転輪王が分かちた“世界”を、原初の“混沌”へまで引き戻そうと目論んだ負や闇の眷属が生み出した、恐るべき存在。

  ―― 負界の大妖にして、とんでもない覇力を持つ“黒き鳳凰”。

 どんなに損なわれても再生復活してしまう鳳凰を、完全に滅ぼすことは出来ぬと断じた転輪王が執った策は。強力な封印にて押さえ込んだ精気とは別に、その身の一部を転じさせ、象徴様でも精霊でもない存在とし、のちに地へと満たした人の中へと紛れさせるというもので。秘密裏に処理されたその後、莫大な精気の塊であった凶悪な魂の方は、しっかと封印がなされたにもかかわらず、遠い過去にも一度ほど、あわや胎動しかけたこともあり。その当時の精霊長らを根こそぎ薙ぎ倒し、聖封一族の最高能力者を生きながらの犠牲にすることでしか抑圧出来なんだほど。それほどまでに瘴気凄まじき魂が、再度復活しかけるという騒動が勃発したは記憶にも新しく。そやつが自分の形代
(かたしろ)としたのが、誰にも知らされずの秘かに居残しておかれたもの…地上に紛れた鳳凰自身の分身の末裔であり、選りにも選って 今の今 此処にいるルフィのことに他ならず。不思議な感応力を持っていたのもそのせいかと、納得したり驚いたりする間もあらばこそ、途轍もないすったもんだが持ち上がり。かつての当時も やはりその身を鳳凰の尾羽根の浄化のためにと賭した“浄天仙聖”だったところまで、輪廻の記憶を総身へと呼び起こしての奮い立ったゾロの手により、

 「やっつけた筈じゃあなかったか?」

 それで一件落着したはずだと、思わずのこと呟いたルフィへ、
「ええ。」
 彼らへは背を向けたまま、ロビンもまた くっきりと頷いた。
「威力を増させた和同一文字で切り刻み、紅蓮の渓谷の熔岩坩堝へ叩き込んで、存在を蒸散させたのは間違いない。」
 彼女はその場に居合わせなかったけれど、ああまでの大事は波紋もそれなりに大きくて。非常事態になったなら、その対処への援軍として召喚されよう高位能力者たちへも詳細報告があったらしく。だからということもあっての、あの、初のご訪問と運んだ彼女だったのであり。

 「だけど、この坊やは…あんな極秘の騒動もまた嗅ぎつけていたらしくてね。」

 膨大な精気集めという謎の暗躍の標的に、ということだろか。だとすれば、何と緻密綿密で周到な耳目を操っている和子であることか。それだけでも末恐ろしいところへもって来て、
「得意技の陽体固化で、ほどけてしまったはずのあいつの存在、つながり戻しをさせてしまったらしいの。」
「な…っ!?」
「…っ。」
 息を引いての驚いたサンジやゾロの様子に、だが、ルフィには今ひとつピンと来なかったのも無理はなく。
「つながり戻し?」
「ああ。えっと…何て言やいいのか。」
 なあなあとシャツの懐ろを引いて来たルフィへ、ゾロが困ったように口元を歪めたが、
「つまり、だ。糸が切れてバラバラになっちまった真珠のネックレスを、あらためてひとまとめにしようってんで掻き集めるようなもんでな。」
 元通りに糸を通すなり、バラバラのまま掻き集めるなり、方法や恰好は場合によりけりなんだろけど、

 「ただ分解されたなんてレベルじゃあない。
  灼熱の火口で、しかも浄天仙聖の振るった浄化の精力で崩壊蒸散されたもの。
  そうまでされてもまだ、微かに気配が残ってたのも驚きではあったけれど、
  そんな玄鳳の蘇生だなんて、誰も思いつきはしなかったろうにね。」

 そんな高度な情報を得られた身なら、同時に別なことも判ったはずだ。玄鳳がどれほど厄介な存在であるか、誰にも御せはしない難物だということまでも。その点をほのめかしたロビンだと、そこはさすがに通じたらしく。その上で…羽根のついた踵をパタパタと宙空で躍らせると、小さな坊やはくすすと無邪気に笑って見せる。

 《 だって。僕は“玄鳳”とかいう存在なんか要らなかったし。》

 欲しいところ以外には関心はないものと。いかにも子供っぽい言いようへ、
「らしいわね。エナジーだけをするすると吸収して、あっと言う間に気配を消した。」
 やはり冷静に返したロビンであったけれど。
「そんな…そんな簡単に“回収”出来るもんじゃあないはずだ。」
 いやさ そもそもの“つながり戻し”という対処にしたって。ああまでの大騒動の果て、天聖世界の存続さえ危ぶまれ、とうとう彼奴の念願かなって世界は混沌の海へ飲まれてしまうのかと、誰もが絶望しかかったほどのぎりぎりで。奇跡の存在が目覚めてくれたことでやっとの何とか踏ん張って、破滅へ転がり落ちてくのだけは避けられた、制止を掛けられたというほどの事態であり。それを引き起こした存在の残滓だけに、
「どれほどを回収出来たか知らないが、どんだけ危険なことをしたのか判ってやがんのか?」
 どこか忌々しげに言い放ったサンジの声へ、

 《 だって、自我なんて面倒なもんまで、そもそも集めてないんだし。》

 あっけらかんとしたお言いよう。取り込んだそのまま、自分の身のうちへ消化変換しちゃったと。だから、危険なんて関係ないとでも言いたいか。むしろ…変なこと訊かないでよと口元を尖らせてしまう有り様で。まるで、摘んだお花の、でも根っこや茎は要らないからむしって捨てたという程度のことなのか。ただし、ゾロのぼそっとした一言には反応が早かった。

 「…凄げぇ大喰らい。」

 《 うっさいなっ。/////////》

 しまいにゃサンジさんが“んきぃーっっ”となって泣きかねないので、カロリー扱いはやめたげなさい、破邪さんも。
(う〜ん) そして、


  「そうまでの能力を持っていても、侭にならないものがあった。」

  《 …っ。》


 茶化しも道化もそこまでと。彼らの狭間に立っていたロビンの声が、心なしか鋭く冴えて堅いそれへと変わる。
「ルフィに掛けられてあった強力な封印護咒に気がついたあなたは、継続咒ならば、それを仕掛けた存在にやめさせるか、最悪でもその意識を奪えば断つことが出来ると切り替えた。」
 まずはとルフィの意識へ飛び込んだのは、今にして思えば誰がどう立ちはだかっても防げなかっただろう仕儀であり。ここまではCP9とかいう坊やの方に利があったのだが、入ってみて気がついたのが、彼をすっかりと意のままには出来ぬ、強固な防御咒の存在。亜空間という場にあっては何とか…陰体の自分の意志の力のほうが強いから、そのまま追い出されるほどの拒絶にこそ遭わなんだけれど。実を言や操ることさえ出来なんだほどに、二進も三進もいかないくらい、侭に出来ない封印の堅さで。
「結界を張り亜空を築いたサンジくんが担っているのか、だとしたら彼に油断させればいいのではないかと思った。」
《 まあね。詠唱もないまますんなり立ち上げたところをみると、結界とやらも継続咒みたいだったし。》
 意固地になっても詮無いことと思ったか、そこは素直に認める彼であり、
《 けど、その子の核に触れてみて気がついたのが、護咒を満たしていたのはそっちのお兄さんの気脈じゃないってことだった。とすると、相棒の破邪さんが授けたものだってことになるでしょう?》
 参ったよなぁと、他愛ないゲームか何かの障害物のように言う彼であり、

 《 まあ、永続咒ではなかろうなとは思ったけれどもね。》

 永続咒だったなら術者の意識は関係ないから、意志そのものを丸め込むしかなくなるじゃないかと。悪びれもせぬまま すらすらと紡がれたものへ、

  「〜〜。」

 唯一、何の話だかよく判らないらしいルフィが、むずがるようなお顔をしたのも無理はなく。継続咒というのは詠唱なり集中なりを欠かさずにいることで効果を持続させ続ける種の咒のことで。片やの永続咒というのは、一度唱えたら最後、その効果を相殺させる咒を重ねるか 若しくは掛けた本人が無効化させるまで、ずっとずっと効果が続くというものであり。上級者ではあるサンジだとて、色々な永続系の咒を使えもするのだが、
「こんな即決型の対峙へまでいちいち永続咒なんぞ繰り出してたら、臨機応変が利かねぇっつの。」
 それなりの負荷が大きいのだそうで、それでと。この場には使われなかったものだけに、ルフィへの説明はあいにくと後日回しと相成った。というのが、

 「それじゃあゾロさえ倒せば何とかなると踏んだのね?」
 《 まぁね。》

 先だっての騒動のとき以降も観察していればあっさりと判ったはずだ。彼らには役割分担がはっきりしており、攻撃力が至高のそれである分、ゾロには封印だの結界操作だのという防御能力があまり備わってはいない。逆に、サンジの側は、咒術が並外れて操れる身ではあるけれど、咒への耐性を持つ相手との体力勝負となると分が悪い。

  ―― そこで。

 サンジの眸にゾロが突然現れた敵に見えるよう小細工をした。ゾロの側にも同じ仕掛けをし、向こうからも全力で当たって来るように仕向けて、それで。最強の咒系斬撃と最強の防御咒と、どっちが強いかに懸けようとしたらしく、

 《 ……もうちょっとだったのにさ。》

 どっちかだけでも倒れれば、あわよくばルフィだけでも結界の外へ逃がすのではないかと思った。だが、そんな最悪の事態は、ロビンが飛び出して来たことで免れられたと。それが口惜しいと言いたげな声で坊やが呟いたものの、

 「馬鹿ねぇ。
  私なんて出て行かなくたって、ルフィくんは攫われたりはしなかったのに。」

 《 〜〜〜〜〜〜。》

 ロビンのみならず、サンジやゾロもついつい苦笑を零してしまったほどに、それは強固な威力を発揮して、ルフィを護っていたものがちゃんとあって。


  「聖護翅翼、か。」


 ある意味ではルフィ自身が為した自己防御だから、護衛班にしてみりゃ面目がない話だが。それでも…彼らの間に築かれた絆や、彼らがその身でくぐり抜けた艱難辛苦のあれこれがあったからこそ、ルフィの身の裡
(うち)に居座ってる最強の楯なのであり。そして、
《 …っ、何だよ知ったかぶりしてさ。そんなもんの威力なんて、どこまでのそれか判ったもんじゃないじゃんか。そいつらが倒れれば、その子の意識だって揺らぐだろうし…》
 腹立ち紛れの癇癪か、いかにも口惜しげに きいきいと喚き始めた少年だったが、

 「あなたが一番判っているんじゃないの?」

 ロビンはそれをもあっさりと打ち払う。
「ルフィへと潜り込めまでしていたのに、彼の意識を遮蔽していたのに、それでも働いていたのよね。それどころか、外から伺っていた時よりも、その身、重くなってたんじゃない?」
 そんな生半可な楯じゃあないと、誇らしげに口にする彼女であり。

  「ルフィ自身が拒絶することで、どんどん強化されてしまう楯ですものね。」

 自分の耳目を塞がれたのだもの、それ以上の異常事態はない。そこへ持って来て、ゾロの気配がないという暗示をあなたに掛けられたことが…あなたはサンジくんへと囁いただけなのでしょうけれど、それがますますとルフィへの頑なさを増させてしまった。そんなこんなを聞かされて、
「…ほほぉ。」
 そうか、あれって暗示だったかと、ありゃりゃあと後ろ頭を掻いてるサンジと、
「〜〜〜。」
 片やは何もかも見透かされているのが面白くねぇと、角ゴシック体でのありありと。横を向いちゃったお顔に書かれているよな風情になってしまったゾロだったのだけれども。それぞれにそんな態度になってしまった二人の気配をお背
(おせな)に感じつつ、ロビンはきっぱりと言い放つ。


  「さあ、話してもらいましょうか。
   あなたが何物か、そしてどうしてルフィに目をつけたのか。」








←BACKTOPNEXT→***


  *何だか理屈三昧の章になってしまってすみませんです。
   ですが、不思議ちゃんがいかに掴みどころのない能力者であるのかとか、
   でも、そんな彼をもってしても、ルフィだけは侭に出来なかったその理由とか。
   そういうところを明らかにしないと話が進みませんので。
   もっと上手に、状況の流れでそれを判ってもらえてこそなんでしょうよねぇ。
   憧れちゃうなぁ……。